気仙沼の大きな避難所で、支援物資の仕分け作業でした。これは、都民ボランティアが継続して行っている作業です。
今日は、中古の男物で、冬物というか、厚手の上着類をサイズ別に分けて、段ボール箱に詰め直すというものでした。
中古と言うことで、かなり痛んだものが含まれていて、被災者サイドからは言いにくいでしょうが、如何なものかと思うようなものも数多いです。この冬、これを喜んで受け取る人たちがいるのかなぁ?冬までには、そんな人たちがいないような状況まで改善して欲しいなぁ!今の日本の政治家には無理か!
7月9日(土)
今日は、なんと炊き出しでした。事前のアナウンスでは、各班とも陸前高田が3回になるように調整するということだったので、私たちはこの日陸前高田になれば3回だったので陸前高田になると思い込んでいて、虚をつかれました(炊き出しは陸前高田ではないので)。
場所は、6月1日と同じ一関市内の避難所。避難されている人数が40名くらいだったのが、少し減ったみたいでした。窓口の女性は変わらず元気でした!
今夜は近くでお祭りがあるということで、しかも暑かったので、カレーライスとサラダというリクエストをいただき、それにワカメスープ、大学イモ、大根の梅和えを加えました。
都民ボランティアの炊き出しで欲求不満になるのは、料理を作って、避難所の代表の方にお渡しして終わりで、実際に食べていただく前に私たちは帰ってしまうので、フィードバックとか交流がないのです。美味しかったのか、喜んで食べていただいているのか???
7月10日(日)
最終日、東京に移動です。
出発前の10時頃地震があり、沿岸部に津波注意報が発令。気仙沼市大島に宿泊して活動していた仲間がいたので心配だったのですが、フェリーで気仙沼に渡って一関に向けて出発した後だったので問題なし。
全員、無事に東京に着きました。
都庁での解散式
梅雨だし、7月だし、私がリーダーだし、と不安要素の多い都民ボランティア16期でしたが、みんなの協力があって、無事に終わって良かったです。ほっとしました。
都民ボランティアは、とりあえず17期で一旦休止ということで、都民ボランティアのホームページに募集のかけらもありません。16期の途中での説明では、都民ボランティアを始めた4月上旬とは被災地の状況も大きく変わり、個人でも様々な団体でも被災地でボランティア活動を行うようになり、都民ボランティアを一旦休止するものの、被災地からのニーズは依然として高いので、再開するか、再開するとしたらどういう内容かを検討したい、というようなことでした。
ボランティアのする仕事はまだまだいーっぱいあると思うので、見直すべき点は見直して、パワーアップして再開して欲しいと思います。