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2013年2月3日日曜日

陸前高田フェア

下北沢で、2月2日(土),3日(日)の2日間、「しもきた天狗(てんぐ) 陸前高田フェア with 下北沢大学」が開催されています。
http://sanriku.keizai.biz/headline/613/
http://www.shimokita-info.com/


 私も、ボランティアで知り合った方のツイッターでそれを知って、昨日、用事の後、ちょっとだけ行ってきました。


2013年1月24日木曜日

羽田空港

2013年1月24日、10年ぶりくらい?の久しぶりに、羽田空港に行ってきました。

 今回は、去年2月の釜石でのボランティア
http://gore21.blogspot.jp/2012/03/blog-post.html
で1週間くらい一緒だった北海道在住の教育系の学生(そこでのニックネーム:まこP)が、千葉県野田市での研究授業に参加するために上京するということで、羽田空港に迎えに行きました。



 折角の羽田空港だったので、写真をいっぱい撮りたかったけど、いかんせん、私のカメラ、感度が低く・・・、

とここまでカメラのせいにしていたが、オートと夜景モードでしか撮影していなくて、そのときに感度の調整をした撮影をしていなかった。データを見ると、ISO80と200で撮影している。もっと高い感度でトライすれば良かった。今度、暗いところで撮影する時には、忘れずに試そう!

 ということで、空港の写真は、こんなのだけ。

 出発ロビーは、明るくてきれいですね。昔は、どうだったけ?




 目に付いた看板は、これ。



 航空会社や乗客には責任がないのに、とんだ災難だよな。事故が起きないこと、早く原因が解明され、対策が打たれることを祈るのみ。

2012年7月27日金曜日

写真救済事業

気仙沼復興教会(KRA)では、写真救済事業ということで、

http://re-ksnm.jp/
旧月立中学校で、津波で流され気仙沼市内各所で拾得された写真、大漁旗、位牌などの救済事業を行なっています。修復された遺留品は同中学校で展示しており、市民の皆様にはその場でお持ち帰り頂けます。


ということをしています。
 
 私たちの足湯は、旧月立小学校 仮設住宅ということで訪問したら、小学校の隣に中学校があって、展示されているところを初めて見ました。
 
 タイトルのハナシに入る前に、まず、小学校はこんな感じ。
 今、ネットで検索していて知ったけど、文化遺産(登録有形文化財(建造物))だったのですね。
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=118897

 元に戻って、中学校はこちら。
 中学校の校舎の左端に入り口があります。

 中には、様々なものが展示されています。








 去年の今頃、東京でも、被災地で拾われた写真の洗浄ボランティアがあって、参加しようかちょっと考えました。しかし、拾われた汚れた状態の写真をみると、自分が見たり聞いたりした風景、被災者の様子などが結びついて、拾われた状況を想像してしまい、ちょっと平常心でいられない気がしたので、参加を見送っていました。

 でも、今回、意外と平気だったので、やはり一年という時間がたったのだな、と思いました。

移動図書館

足湯をしに行った、旧唐桑小学校 仮設住宅では、移動図書館を見ました。ニュースでは見たことがあるけど、本物を見たのは、多分、初めて。




 トレンドマイクロのホームページを見ると、トレンドマイクロは、気仙沼だけではないけど、かなり気仙沼に重点を置いた支援をしているんですね。
http://jp.trendmicro.com/jp/about/notice/operation/index.html
 ウィルスバスター、昔は使っていたけど、今は使ってないなぁ。

キャンパチ

今回の宿泊先は、キャンプ八郎右衛門(通称:キャンパチ)でした。


 遠野のまごころ寮、七ヶ浜のきずな館、と並んで、日本財団が支援して建設し、受入団体が運営しているボランティアの拠点です。


 まごころ寮、きずな館は、プレハブでしたが、キャンパチは、発泡スチロールの一種を鉄骨か何かを骨組みに組み合わせて作ったかまぼこ状の建物です。とちぎボランティアネットワークが運営しています。
http://www.tochigivnet.com/
 

 以前は雨漏りがあったようですが、写真のようにシートで覆ったので、雨漏りはなくなったそうです。

 インターネット上で、キャンパチの遠景が見当たらなかったので、ここに載せます。

 付近には家がほとんどなく、静かな田園地帯です。夜の星空が都会からのボランティアの楽しみらしいのですが、今回は梅雨の最中で駄目でした。カモシカが近くに出ることがあると聞いたのですが、こっちも、見られず。

 虫もいなくて、持って行った防虫スプレーは使わずに済み、快適でした。

 こちらは、男部屋の奥の洗面台とシャワー室の入り口。洗面台の右上にはエアコンも写っています。

 台所もあって、自炊も可能。


 ちなみに、ソフトバンクの携帯は圏外でした。

花がきれいだった~

今回のボランティアで印象に残っているのが、花の美しさでした。


 去年は、最初のボランティアで行った5月の陸前高田で、りんごの花がとてもきれいだったことは、強く記憶に残っています。

 ここにリンクを張ろうと思って、今、当時のブログを見たら、全然書いていないみたい。フェースブックには書いたと思うんだけど・・・。写真も、被災地は禁止されていたけどりんご畑は禁止されていないと思って撮ったと思っていて、ブログの代わりに写真だけでもと思って探したけど、撮ってないみたい。うーん、私、記憶力がないのには自信があったが、こんなにも違うなんて。

 やっぱり、去年は、僕自身、花どころではなかったのでしょうね。

 
 今回は、いろんな所でいろんな花が咲いていました。紫陽花くらいしか種類が分からないけど、いくつか写真を撮ってきたので、ここに載せます。







 また、紫陽花がいたるところに咲いていて、いろんな色もあり、とてもきれいでした。



 ここは、道路の両脇にずらっと紫陽花が咲いていたので、自動車を止めて撮影タイム。右よりに写っている人は、ボランティアの参加者です。

2012年7月25日水曜日

1年の変化

気仙沼は1年ぶりということで、何が変わったのか、印象に残っていることを、思い出しながら書いてみます。

・気仙沼プラザホテルのお風呂には露天風呂があるのに、去年は、悪臭とかハエなどの虫が多いということで、使えませんでした。
 それが、今回は、全く普通に露天風呂に入れました。

 ここ以外は、同じ場所で比較している訳ではないので、はっきりとは言えないけれど、今回、臭い、とか、ハエが多い、と思うことはありませんでした。

・去年は、殺伐としているというか、実在の世界にいると思えないような、悲惨な様子が残っていたけれど、今回は、目がなれたせいがあるにしても、片付いて、重機も減って、雑草が生えて緑色の穏やかな色が増えて、かなり、殺気のようなものは消えた。



・上2つと関連するけれど、そこらじゅうにあった、瓦礫や、陸上の船、海や川、田畑の中、山の斜面など、あるべきところではないところにある、自動車や家屋、などが片付けられて、かなりきれいになっていた。

・ただ、1年たって、きれいになっただけなのか、という印象は残る。

・1年前にはなかった、仮設の商店街、飲食店街が、何箇所にもあった。

1年ぶりの気仙沼

かなり間が空いてしまいましたが、今年2回目のボランティアは、
日本財団ROADプロジェクト 足湯ボランティア
気仙沼第31クール
で、7月19日(木) 夜行 新宿発、7月23日(月)朝 新宿着
で、宮城県気仙沼とその周辺に行ってきました。

受け入れてくれた、Mさん、Oさん、足湯の提供先の皆さん、ボランティア参加者のHさん、Iさん、その他、多くの皆様、ありがとう。おかげさまで、楽しく無事に終えることが出来ました。


メインの足湯は、3日間、3箇所でやりました。

7月20日(金) 旧唐桑小学校 仮設住宅 集会場
21日(土) 千厩雇用促進住宅 集会場
22日(日) 旧月立小学校 仮設住宅 集会場


また、コーディネーターの方が被災者だということもあってか、被災地の実情を見て欲しい、伝えて欲しい、ということで足湯の時間が半日と短かく、残りの時間で、気仙沼市内や南三陸町の様子を見てきました。



1年前、気仙沼には、都民ボランティアで行ったのですが、当時は、宿泊先の拠点と食事、風呂、そしてボランティアの活動場所以外には行くな、写真は撮るな、だったので、大きく変わったな、と思った点の一つです。(そういう事情で、1年前の写真がなく、比較が出来ないのが残念です)


日本財団ROADプロジェクトのホームページに掲載されている報告書はこちら

2012年4月5日木曜日

仮設の屋根が飛んだ

4月4日の強風のニュースの中で、岩手県釜石市の仮設住宅の屋根が飛んだ、と言うのがあった。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012040400432
「栗林町の栗林第3仮設団地」と書いてあって、1ヶ月前に宿泊した仮設のすぐ近く。
この第3仮設が「第20地割」、この前泊まったところの住所が、「第19地割」。
http://blog.goo.ne.jp/neos_hokkaido/d/20120406
昨日の嵐、確かに凄かったけど、仮設の屋根が飛ぶとは・・・。

2012年3月23日金曜日

鵜住居川

鵜住居の中心を流れる鵜住居川は、とてもきれいな清流で、上流までダムがなく、秋には鮭の遡上も見られるそうです。

これは、橋野付近の支流かな(もう1ヶ月近く前で分からなくなってしまいました。残念)。こんな上流でも魚道がありますね。
(2月27日)
(上流側)
 
(下流側)




こっちは、多分、NPO法人ねおすの拠点のある栗林の橋の上から。

(2月28日)
 (上流側)
(下流側)


2012年3月21日水曜日

橋野高炉跡

震災後の復興には地域の活性化が重要ということで、アドバイスに来ていただいた方と一緒にいろいろなものを見る機会がありました。

 その一つが、橋野高炉跡ですが、降雪直後で雪のためにここまででした。

(2月27日)

2012年3月19日月曜日

ポッキー一本

釜石市滞在中に聞いたお話の中で、今でも覚えていることの一つは、食事がポッキー一本だけだったこともあるということでした。当然、水もほとんどなかったようです。

他には、時間の感覚がなくなって、何日のことだったのか、いつだったのかが思い出せないそうでした。

また、繰り返し「世の中、どうなっちゃうんだろう、と思った」とおっしゃった方がいたのも記憶に残っています。

2012年3月18日日曜日

箱崎

宝来館の女将さんに「少し時間がある時にボランティアに見て欲しい所は?」と聞いて、紹介された箱崎から仮宿に3月3日(土)行ってきました。


 まず、箱崎、雪に覆われて分かりにくかったですが、ここも酷いです。


 仮宿は、かなり奥まったひなびた漁港でした。
http://www.pref.iwate.jp/~hp0563/contents/gyokouichiran/gyokou/1310600kariyado.html
  道路の下は、崩れたまま放置。

 分かりにくいですが、海沿いは、やはり基礎が残るのみ。
  振り返って、海に向かう斜面に立つ家も・・・。

 仮宿に行く途中のトンネル内には、巨大な氷柱が。

 箱崎や仮宿の人たちと話しは出来なかったので推測にすぎないのですが、震災当時、鵜住居が壊滅、その先、ここまでも(現在でも)お店はなかったので、完全に孤立、恐怖や寒さと戦いながら厳しい日々を過ごしたのでしょう。

2012年3月14日水曜日

ボランティアさん、ありがとう!

私が書くのも変な気がするけど、先日のボランティアで、もっとも印象深かったことの一つなのとで、書くことにしました。

 初日、釜石駅から現地に向かう路線バスに乗っていたとき、席を譲っていただきました。そのときは、私も歳をとったなぁ、そんなに疲れて見えたのかなぁ、と思っていたのですが、大きな荷物を持った私を見てボランティアと考え、感謝の気持ちから席を譲っていただけたのかな、という気がします。

 また帰り、バス停でバスを待っている時に、散歩をしていた人に「ボランティアさん、ありがとう。私たち、本当にこれまでボランティアの人たちに助けられました」と涙目で話しかけられました。

 どちらの方も、私の活動の対象となった方ではないはずなので、これまでのボランティアの方たちへの感謝の気持ちでしょう。(その人たちに、このブログを読んでいただけたら、と思います)

2012年3月12日月曜日

絆 不死鳥!

この1週間、震災関連の報道が続きました。見てて思ったのが、現地の人の声の力強さでした。そこで、今回は、そういう現地の人で、まだこのブログに登場していない方を紹介します。

 鵜住居でおすし屋さんをしていて、被災したそうです。
http://blogs.yahoo.co.jp/taiji49724

 こんなステッカーをつくっちゃいました。
(大きさは1枚 16.5cm x 3.5cm くらい)
(5枚組で500円)
(う~の!はまなす商店街や宝来館などで販売中)

 横断幕まで!

 これは、う~の!はまなす商店街に掲げられたもの。

 とっても元気な方でした。