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2012年7月27日金曜日

移動図書館

足湯をしに行った、旧唐桑小学校 仮設住宅では、移動図書館を見ました。ニュースでは見たことがあるけど、本物を見たのは、多分、初めて。




 トレンドマイクロのホームページを見ると、トレンドマイクロは、気仙沼だけではないけど、かなり気仙沼に重点を置いた支援をしているんですね。
http://jp.trendmicro.com/jp/about/notice/operation/index.html
 ウィルスバスター、昔は使っていたけど、今は使ってないなぁ。

キャンパチ

今回の宿泊先は、キャンプ八郎右衛門(通称:キャンパチ)でした。


 遠野のまごころ寮、七ヶ浜のきずな館、と並んで、日本財団が支援して建設し、受入団体が運営しているボランティアの拠点です。


 まごころ寮、きずな館は、プレハブでしたが、キャンパチは、発泡スチロールの一種を鉄骨か何かを骨組みに組み合わせて作ったかまぼこ状の建物です。とちぎボランティアネットワークが運営しています。
http://www.tochigivnet.com/
 

 以前は雨漏りがあったようですが、写真のようにシートで覆ったので、雨漏りはなくなったそうです。

 インターネット上で、キャンパチの遠景が見当たらなかったので、ここに載せます。

 付近には家がほとんどなく、静かな田園地帯です。夜の星空が都会からのボランティアの楽しみらしいのですが、今回は梅雨の最中で駄目でした。カモシカが近くに出ることがあると聞いたのですが、こっちも、見られず。

 虫もいなくて、持って行った防虫スプレーは使わずに済み、快適でした。

 こちらは、男部屋の奥の洗面台とシャワー室の入り口。洗面台の右上にはエアコンも写っています。

 台所もあって、自炊も可能。


 ちなみに、ソフトバンクの携帯は圏外でした。

2012年7月25日水曜日

1年ぶりの気仙沼

かなり間が空いてしまいましたが、今年2回目のボランティアは、
日本財団ROADプロジェクト 足湯ボランティア
気仙沼第31クール
で、7月19日(木) 夜行 新宿発、7月23日(月)朝 新宿着
で、宮城県気仙沼とその周辺に行ってきました。

受け入れてくれた、Mさん、Oさん、足湯の提供先の皆さん、ボランティア参加者のHさん、Iさん、その他、多くの皆様、ありがとう。おかげさまで、楽しく無事に終えることが出来ました。


メインの足湯は、3日間、3箇所でやりました。

7月20日(金) 旧唐桑小学校 仮設住宅 集会場
21日(土) 千厩雇用促進住宅 集会場
22日(日) 旧月立小学校 仮設住宅 集会場


また、コーディネーターの方が被災者だということもあってか、被災地の実情を見て欲しい、伝えて欲しい、ということで足湯の時間が半日と短かく、残りの時間で、気仙沼市内や南三陸町の様子を見てきました。



1年前、気仙沼には、都民ボランティアで行ったのですが、当時は、宿泊先の拠点と食事、風呂、そしてボランティアの活動場所以外には行くな、写真は撮るな、だったので、大きく変わったな、と思った点の一つです。(そういう事情で、1年前の写真がなく、比較が出来ないのが残念です)


日本財団ROADプロジェクトのホームページに掲載されている報告書はこちら

2011年12月21日水曜日

モビリアでの足湯

モビリアでの足湯は、12月16,17,18日の3日間でした。


 場所は、地元のスーパーMAIYAの出店(売店)の前の集会場です。


 集会場では、いろんなイベントが行われていて、例えば16日には「塗り絵」があったので、その合間や終わった後に足湯を楽しんでいただきました。





 最初、集会場の給湯器を足湯では使ってはいけないと思っていて、外でお湯を沸かしていました。甘酒を作ったりしていたので、台所が狭かったという事情もありました。



 
 でも、流石に12月の陸前高田市は寒いです。風が強い日もあります。

 18日、風が強くて、何度もコンロの火が消えて、給湯器を使わせていただきました。助かりました。

 足湯をしている様子(写真)は、陸前たがだ八起プロジェクトのブログ
をみてください。自分の横顔が写っていて・・・。

 また、恐らく近日中に、日本財団ROADプロジェクト ROADくんのホームページにも記載されると思います。
こっちの写真にも、私の横顔が・・・・。

「つぶやき」のメモを残すのをわすれてしまったので、つぶやきもそちらを参照したいです。

 3月11日の様子を今でも鮮明に思い出しながら話していただいたり、「塗り絵」で黒色を多用する女の子がいたり、まだまだあの日は深く残っているようでした。





2011年12月20日火曜日

足湯ボランティア 陸前高田第1クール

2ヶ月ぶりのボランティアは、またまた足湯で、5ヶ月ぶりの陸前高田に行ってきました。

 陸前高田は関心が高いのか、最近は募集に苦労しているROAD足湯ボランティアにあって、第1クールは募集開始から一晩で定員5人が満杯になったそうです。

 参加者5人中、3人が男性、女性が2人。足湯ボランティアで、女性が少数派になったのは、私には初めてかな。足湯のリピーターは、私ともう一人の男性。被災地が初めてという人はいませんでした。


日程
12月15日(木) 日本財団ビル集合、簡単なガイダンス
          夜行高速バス[けせんライナー] 池袋 22:50発



 こんなバスでした。途中、サービスエリアやパーキングエリアに止まっても、運転手の交代や車両の点検だけで、乗客は外に出られないというのは初体験。トイレが社内にあるとはいえ、揺れるし、気分転換できないし、買い物ができないのが不自由だったかな。寝ている乗客を起こすとか、夜は暗いから、バスを間違えて戻ってこられない乗客がいるとか、何かトラブルが過去にあったのでしょうか?

12月16日(金) 陸前高田市役所仮庁舎前 6:28着
 陸前高田市役所は、津波で被災しているので、現在仮庁舎です。未だ朝早かったので薄暗く、良く分かりませんでしたが、こんなプレハブの庁舎でした。近くにお店も見当たらず、ちょっと不便です。写真に月のように見える白い丸は雪が舞っていたから。

 ここからタクシーで、宿泊兼活動場所のモビリアへ。20分くらいでした。途中、「がれき」(あまり好きな言葉ではないのですが、他に適当な言葉がないなぁ)はかなり整理されたと言う印象ですが、まだまだこれからです。

 タクシーの運転手さんも被災者で、途中「ここに家があった」と言われ、絶句してしまいました。

 こんな看板に導かれて、モビリア http://www5.ocn.ne.jp/~mob/index.html に到着です。

(この写真は18日に撮影したので雪がありますが16日はありませんでした)



 モビリアは、看板にあるように3月11日まではオートキャンプ場でしたが、高台の中腹にあり津波は届かなかったので、避難所を経て、今は仮設住宅になっています。


12月16日(金)~18日(日) 足湯

 この間は、いろんなイベントも開催されて、それらが地元のモビリア仮設住宅支援団体 陸前たがだ八起プロジェクトのブログに更新されています。


12月18日(日)  タクシー  モビリア 21:20発

 途中、サン・ビレッジ高田というかつて避難所になっていた体育館の脇を通ったら、観光バスが止まっていたり、とっても賑やかな雰囲気。タクシーの運転手に尋ねたら、サッカーのトヨタカップ決勝のパブリックビューで、サッカークラブの高校生などが招待されているそうでした。

          夜行高速バス[けせんライナー] 陸前高田市役所仮庁舎 21:51発

 仮庁舎の前でバスを待っている間、周辺に何もなく月もなく暗いため、星空が本当にきれいでした。天の川を見たのは、いつ以来か、思い出せなかった???流れ星も数回流れたし。

12月19日(月) 池袋 5:39着

          解散です。





2011年10月25日火曜日

七ヶ浜と亘理町でのつぶやき

足湯の目的の一つは、足湯に来ていただいた方のお話を聞くことです。そのお話をつぶやきと呼んでいるのですが、今回の例です。


・今回で津波は2回目。震災の直後は、ボランティアも少なく、自分で片付けたの。

・ボランティアは全国から来てくれる。ありがたいねぇ。昔は中高生も多かったけど、学校が始まって減ったね。

・震災の時は即行で逃げて無事だったけど、家に戻ったらみんな流されて何にもなかったの。

・津波で流されて、足や腰をあちこちぶつけて3ヶ月入院したの。病院で薬を間違えられて、湿疹ができてその痕がまだ残っているの。

この前の台風で、仮設住宅ももう少しで床上という浸水。まさか、仮設で水害にあうとは思わなかったわ。おまけに、屋根がトタンなので、雨音がうるさくて町内放送とか、外で何を言っているのか分からなくて、逃げるべきなのかどうかも分からなかった。

・お風呂が追い炊きできなくて、熱くしたい時は少しお湯を抜いて熱い湯を入れるんだけど、なんとかならないかしら。

・仕事で目が疲れているし、手も指も肩もこっている。


・この半年で体重が20kg減った。健康診断では何も言われなかったけど、運動不足かな。

・最近は運動不足で。震災直後はガソリンもなかったから歩いたけど、今は車だね。

・どこも悪くないけど、膝が痛いの。隣のおばあちゃんは耳が遠くて、玄関で呼んでも聞こえないの。

・私はおしゃべりが好きだから、こういうのは好き。

・今日は、パーマ・頭のマッサージと足湯で楽しかった。

・自分でも揉み解しをするが、他人にしてもらった方が効く気がする。

・ああ、人の手って気持ち良いね。「手当て」って言うものね。

・農家だけど、津波をかぶった畑にいろいろ植えたら、たくさんとれたの。野菜って強いのねぇ。ご近所さんにも配ったら、喜ばれたわ。

・衣食住、次は仕事ね。

足湯ボランティア七ヶ浜第8クール

今回のボランティア、特に場所にこだわりはなく、ROAD事務局に「参加者が少なくて困っているものがあったら紹介して」と尋ねて教えられたものでした。

 七ヶ浜は、6月にも行っていたので4ヶ月経って、変わったのかどうかとか興味はあったので、そのまま申し込みました。http://gore21.blogspot.com/2011/06/1.html



 ROADプロジェクト足湯ボランティア七ヶ浜第8クールは、こんな感じです。

10月15日(土) 高速バスで東京から仙台へ、
          仙石線で下馬、
          さらにタクシーできずな館

10月16日(日) 足湯
           午前:あさひ園(お祭りをしていました)


餅つきもしていました。ご馳走になったけど、つきたてはやっぱり美味しいです。 

 美味しそうな焼き鳥。こっちは食べ損ないました。

足湯の様子

 後ろでは、生演奏

           午後:第1スポーツ広場 仮設住宅 集会場


写真は、ここまでです。

10月17日(月) 足湯:宮城県亘理町公共ゾーン仮設住宅 第1集会場

10月18日(火) 足湯
           午前:七ヶ浜ボランティアセンター(主にスタッフを対象に)
           午後:きずな館1階喫茶コーナー

          夕方:タクシーで多賀城、さらに仙石線で仙台へ。
              自由時間
          夜:夜行バスで東京へ

10月19日(水) 朝:東京着

2011年10月21日金曜日

久しぶりのボランティア

10月21日(金)

 10月15日(土)から10月19日(水)まで、宮城県七ヶ浜にROADプロジェクト足湯ボランティア七ヶ浜第8クールとして行ってきました。

 8月の郡山以来のボランティアです。

 これまで、ROAD足湯と都民ボランティアと交互に行っていたけれど、都民ボランティアが7月でなくなってしまい、代わりの適当なものが見つからず、ちょっと間が空いて、足湯が続くことになってしまいました。


 私自身のボランティアの頻度も段々低下しているので、えらそうなことはいえないけれど、ボランティアの数はかなり減っているようです。

 今回の七ヶ浜第8クールは、8人募集に対して3人しか集まりませんでした。

 七ヶ浜で同宿した名古屋のグループは、20人募集でなんと二人でした。

 足湯に限らず、まだまだボランティアがすることはあります。

 みんな、ボランティアに行きましょう!

2011年8月20日土曜日

郡山での足湯

今回は、5泊6日のうち、初日はガイダンスと移動でしたが、残り5日間みっちり足湯をしてきました。また、避難所に宿泊したこともあり、避難者の方々と接点も多く、繰り返し足湯に来てくださる方もいらっしゃり、かなり親しくなることができました。


 足湯のときだけだけではないですが、避難している方から聞いたことで思い出せるものを少し紹介します。(ここに避難してきている人は、基本的には原子力発電所の事故の影響です)

・地震の翌日、消防車が「避難してください」と繰り返していたから、すぐ帰れるとピクニック気分で弁当と簡単な手荷物だけ持って逃げたら、こんなことになって・・・。

・車に荷物を載せて、何の当てもなく茨城に逃げた。そのとき、茨城の人には本当に優しくしてもらった。

・子供たちにも分けようと思って、近所の農家からたくさんお米を買ってたんだけど、分ける前にこんなことになって、家に置きっぱなしで避難して。食べられるのか、どう処分したら良いのか?


・最初、ビッグパレットの3階に住んだけど、雨漏りがして酷い目にあった。

・3階の窓の近くに住んでいて、朝3時頃から明るくなって目が覚める。そんで、いろんなことを考えるんだ。

・仮設住宅は暑くって。エアコンをつけると風が当たって、関節が痛くなるので使いたくない。

・仮設住宅の周りは、道が悪くって歩きにくい。

・ここにくると、友達に会えるのでよく来るんだ。

・震災前に住んでいた所は、風が涼しかったし、水が美味しかった。

・前に住んでいたところに住めるようになっても、仕事がないから帰らない。戻れるのは、仕事の心配のない人だけ。

・テレビに勝手に撮られて放送されて・・・。

・こっちの気持ちが落ち込んでいる時に、「ふるさと」とか悲しい歌を聞かせないで欲しい。人の気持ちが分からないんだから。

・今、80歳で、まだ自分のことを自分で出来るけど、もう2-3年経ったら、どうなることやら。

・病気になっても、医者には行きたくない。避難者はタダといわれても、無料じゃ、ちゃんと見てもらえない気がする。

・僕、病気持ってるんだ。ここに来てから、過呼吸とヒステリーと。

・わざわざ遠くから来てくれて、ありがとう。

・先週、新潟で豪雨の被害があったから、ボランティアに行ってきた。





ビッグパレットふくしま

今回のボランティアでは、宿泊先として、また足湯を行う場所として、福島県郡山市の「ビッグパレットふくしま(略称 ビッグパレット)」にお世話になりました。


 ビッグパレットは、元々は会議や展示用の施設ということで、東京周辺では「東京ビッグサイト」や「幕張メッセ」のようなものでしょうか。しかし、3月11日の東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、主として、富岡町、川内村からの人たちの避難所になっています。ピーク時には2500人くらいいたようですが、現在は150人程度ということです。

 この写真は、Bホールのものですが、廊下などには段ボールで囲まれた場所で生活する人たちもまだいます。

 また、Cホールは、行政機関やボランティアセンター、東京電力などの窓口があります。


   
 私たちボランティアは、このCホールの一角のパーティションで区切られた会議スペースにマットを敷いて寝ました。

 BホールとCホールの天井は、震災で壊れていて、こんな感じです。
 昨日(19日)、郡山で震度4の地震がありましたが、かなり怖かったと思います。

 やはり郡山ということで、こういう電光掲示板もあります。

 
 建屋の外には、自衛隊のお風呂があり午後3時から9時まで、この避難所や近くの仮設住宅の入居者、また私たちボランティアも入浴できます。大きな浴槽に湯がたっぷり、入浴後にはお菓子や冷たい飲み物もあるので、とっても心地良いです。


 こんなビッグパレットの避難所ですが、8月末で閉鎖が決まりました。

 福島県は、農業だけでなく様々な産業に大きなダメージを受けていて、雇用対策としても、ビッグパレットを本来の会議や展示場として早く使いたいという気持ちがあるだろうことは理解できます。しかし、一方で、ビッグパレットは、単に避難者が寝泊りしているだけでなく、仮設住宅などに引っ越して行った人たちが集い友人とくつろぎ情報交換をする場所になっていただけに、閉鎖後が心配です。

2011年8月19日金曜日

足湯ボランティアで郡山に行って来ました!

少し間が空きましたが、8月12日(金)から17日(水)まで福島県郡山市のビッグパレットに、日本財団ROADプロジェクト 足湯ボランティア 郡山第6クールとして行って来ました。5回目のボランティアになります。

 夏の間は、学生や社会人の夏休みでボランティアも集まりやすいだろうから、私はボランティアを休むつもりでいたのですが、郡山は集まりにくかったみたいだったし、いつかは行きたいと思っていたので、参加しました。