2012年3月9日金曜日

ピエロがやってきた!

3月2日(金)には、仮設の商店街にピエロがやってきました。


 私は、その準備のお手伝いをして、3時からの本番は子供教室に行ってしまい、見ることが出来なかったのが心残り・・・。



 商店街の駐車場に2台の車でやってきました。雪がまだ少しだけ残っていますが、ここまで減って良かったです。





 テントの設営が終わって、ハイポーズ


 軽く、肩慣らし!






 私はここまで。こんなだったんですね~。

 おしるこも振舞われたんだぁ。

 演技中は、こんな。


子供教室で雛人形!

釜石での受入団体NPO法人ねおすでは、月、火、木、金の3時から5時に、子供たちを公民館や仮設住宅の集会場に集めて、放課後子供教室を開催しています。

 ひな祭りが近いということで、2月23日には雛人形を作りました。


きれいに出来たね!

2012年3月8日木曜日

業務成果?

今回のボランティアは、昨日のブログに書いたように、東京ボランティア・市民活動センター(TVAC)からの派遣なので、終了後、TVACに報告書を出さなければなりません。

 その中に、「自身の派遣による業務成果及び貢献出来たこと」という項目があります。

 そもそも業務なのか、が気になるので、yahoo辞書(大辞泉)で調べると、
<業務>
1 職業や事業などに関して、継続して行う仕事。
2 法律で、人が生活するうえでの、反復的な社会活動や私的な行動のこと。


とあるので、短期ボランティアは、業務とは思えないなぁ。報告書の様式に「業務成果」なんて書かずに、単に「成果」でよかったのになぁ。ということで、ここは成果と読み替えて、考えます。
 
 同じように「成果」について調べると
<成果>
1.あることをして得られたよい結果。
 
ふーん、よい結果のことなんだ。悪い結果は成果とはいわないんだ。知らなかった!
 

 ここに何でこんなに拘るかというと、2回目のボランティアの帰りのバスの中で、仲間の中に友人からメールで「役に立ったの?」と聞かれて、どう答えようか?といっていた人がいて、私には、うまい答えが見つからなかったから。


 最近は、ボランティアに行く意義は、『とにかく行くこと』。行くことで、震災のこと、被災地のこと、被災者のこと・・・、を忘れない人がいることを示すことにある、と思っているので、2週間、釜石に行った、が成果であり貢献だと思っていたんだけど、成果・貢献なんて認めてもらえないのかな?



 仕事の成果(業務成果)のイメージだと、何平方メートルの土地において、何キログラムの瓦礫を除去した、ってなってしまう。でも、これって、僕のボランティアのイメージじゃないなぁ!

 例えば、こんな言い方はどうだろう。
 ○×さんの田んぼの掃除のお手伝いをした。少しずつきれいになっていく田んぼを見て、○×さんもちょっとだけ嬉しそうだった、みたいな。
 うーん、私の作文力では・・・。



 ボランティアの成果って、難しい。



2012年3月7日水曜日

災害ボランティアセンター及び復興支援センター等の運営補助スタッフ

今回のボランティアは、
「災害ボランティアセンター及び復興支援センター等の運営補助スタッフ」
という、東京ボランティア・市民活動センターが実施している事業で行ってきました。

 東京ボランティア・市民活動センターのホームページ

『被災地支援団体及び事業の運営補助スタッフ短期派遣事業』スタッフ募集
http://www.tvac.or.jp/news/23622.html

(1)災害ボランティアセンター及び復興支援センター等の運営補助スタッフ

です。(すでに、募集は終了しています)


 そこに書かれているように、交通費、食費に相当する金額が支給されるので、かなり恵まれているボランティアです。


 今回、行ってみて感じたのですが、東京や愛知県・名古屋市、静岡など、近く大震災がくる可能性の高い自治体や個人が被災地の支援に熱心な理由には、自分たちが被災したときに備えよう、という意図があるということが意外と被災地では知られていませんでした。

 純粋に復興の支援というだけでなく、自分たちのため、という動機もあるわけで、不純かもしれないけど、悪いことではないし、大事なこと、と思っています。


 私は、「NPO法人ねおす」が運営する『北海道・ねおす釜石栗橋ボランティアセンター』
http://blog.goo.ne.jp/neos_hokkaido
に派遣されました。

 写真で、仮設住宅の右下端っこの2世帯分が『北海道・ねおす釜石栗橋ボランティアセンター』です。黄色いジャンパーがねおすボランティアのユニフォーム!


2012年3月6日火曜日

釜石でボランティア

今年の初ボランティアは、釜石でした。

 2月20日(月)から3月4日(日)の活動で、昨日、3月5日(月)朝、帰ってきました。

 流石に2週間出かけると、いろんなことがタマッテイルのでそっちを捌きながら、釜石で感じたことも忘れない間に少しずつブログに書いていきたいと思います。


 まずは、釜石の小学校の3階?に突っ込んだままの自動車と校庭の瓦礫(注)の写真です。もうすぐ、震災から1年というのに、校舎に突き刺さった自動車は放置され(意図的に保存しているのかもしれないのですが、確認できませんでした)、校庭には堆く瓦礫が置かれています。



 
 
注:瓦礫と言う言葉は、新聞やテレビも使っているので、このブログでも使っています。でも、今回のボランティア期間中に話した被災者からも言われたのですが、元々は家などの大事な財産です。

2012年2月4日土曜日

阿蘇山と桜島

ついでに???私にとっての西日本の代表的な火山である阿蘇山と桜島の噴火も。


阿蘇山

9万年前に大きな噴火をした後は、おとなしい火山ということです。


桜島

764年(天平宝字8年)の噴火
1471年(文明3年)の文明大噴火
1779年(安永8年)の安永大噴火
1914年(大正3年)の大正大噴火



 流石に、こんな、ものすごい乱暴な調べ方でわかるほど明確な関係は、地震と大きな火山の噴火の間にはないようです。

浅間山と磐梯山の噴火

昨日、富士山と地震のことを書いたら、他の火山のことが気になってしまいました。

とりあえず、私にとっての東日本の代表的な火山の浅間山と磐梯山の噴火をまとめます。


浅間山(ウィキペディア)

685年(天武天皇14年:飛鳥時代)(日本書紀)
1108年(嘉承3年、天仁元年:平安時代) 天仁大規模噴火。30億トンと推定される噴出物を伴う大噴火。天明の大噴火よりも大規模な噴火だったとされている。

1783年8月5日(天明3年7月8日) 大噴火。噴出物総量4.5×108m3
 
噴火記録は685年、1108年、1281?年、1427年?、1527-1528年、1532年、1596年、1598年、1604年、1605年、1609年、1644-1645年、1647-1649年、1651-1652年、1653または1655-1659年、1669年、1704年、1706年、1708-1711年、1717-1718年、1720-1723年、1728-1729年、1732-1733年、1754年、1776-1777年、1783年(天明の大噴火・鬼押出し)、1803年、1815年、1869年、1875年、1879年、1889年、1894年、1899年、1900年、1901年、1902年、1904年、1907年、1908年?、1909年、1910年、1911-1914年、1916年、1917年、1919年、1920年、1921年、1922年、1927年、1928年、1929年、1930年、1931年、1932年、1934年、1935年、1936年、1937年、1938年、1939年、1940年、1941年、1942年、1944年、1945年、1946年、1947年、1951年、1952年、1953年、1954年、1955年、1958年、1959年、1961年、1965年、1972年、1973年、1982年、1983年、1990年、2004年、2008年、2009年


 
磐梯山
(気象庁のホームページhttp://www.seisvol.kishou.go.jp/sendai/215_Bandaisan/215.htmから)
 
最近1万年間の活動


 磐梯火山では約2.5万年前以降にはマグマ噴火は記録されておらず、水蒸気爆発だけが起きている。堆積物として記録が残る水蒸気爆発は1888年噴火や806年噴火も含めて、最近5000年間で4回発生しており、その発生間隔は1100~1700年である。また、山体崩壊は、小磐梯山の南東側で約2500年前にも発生している。


 磐梯山は、東北に行く時に見えることもあって身近な火山と思っていたけど、火山としては浅間山よりおとなしいんですね。