2011年8月20日土曜日

あさか野夏まつり 花火大会

ちょうど滞在中の8月14日(日)、郡山カルチャーパークで花火大会が行われました。

 震災でかなり厳しい状況だったと思いますが、約1万発の花火が打ち上げられたそうです。

 ビッグパレットから会場までバス(有料)が出たので、私たちも見に行きました。

 ちょっと挨拶などの前ふりが長かったのが玉に瑕でしたが、いろいろな思いがこもっていて花火は良かったです。

 コンパクトデジカメの動画ですが、雰囲気は伝わると期待してアップします。

 最初の3つは、ファイルが大きかったからかアップロードできなかったのでYouTubeです。

 





 これもYouTubeで追加しました。(元は、直接このブログにアップロードしていました)


最後に、一つ直接アップロード。
元々は、1番目の動画で、他と比べて音が少し悪いので最後にしました。

ビッグパレットふくしま

今回のボランティアでは、宿泊先として、また足湯を行う場所として、福島県郡山市の「ビッグパレットふくしま(略称 ビッグパレット)」にお世話になりました。


 ビッグパレットは、元々は会議や展示用の施設ということで、東京周辺では「東京ビッグサイト」や「幕張メッセ」のようなものでしょうか。しかし、3月11日の東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、主として、富岡町、川内村からの人たちの避難所になっています。ピーク時には2500人くらいいたようですが、現在は150人程度ということです。

 この写真は、Bホールのものですが、廊下などには段ボールで囲まれた場所で生活する人たちもまだいます。

 また、Cホールは、行政機関やボランティアセンター、東京電力などの窓口があります。


   
 私たちボランティアは、このCホールの一角のパーティションで区切られた会議スペースにマットを敷いて寝ました。

 BホールとCホールの天井は、震災で壊れていて、こんな感じです。
 昨日(19日)、郡山で震度4の地震がありましたが、かなり怖かったと思います。

 やはり郡山ということで、こういう電光掲示板もあります。

 
 建屋の外には、自衛隊のお風呂があり午後3時から9時まで、この避難所や近くの仮設住宅の入居者、また私たちボランティアも入浴できます。大きな浴槽に湯がたっぷり、入浴後にはお菓子や冷たい飲み物もあるので、とっても心地良いです。


 こんなビッグパレットの避難所ですが、8月末で閉鎖が決まりました。

 福島県は、農業だけでなく様々な産業に大きなダメージを受けていて、雇用対策としても、ビッグパレットを本来の会議や展示場として早く使いたいという気持ちがあるだろうことは理解できます。しかし、一方で、ビッグパレットは、単に避難者が寝泊りしているだけでなく、仮設住宅などに引っ越して行った人たちが集い友人とくつろぎ情報交換をする場所になっていただけに、閉鎖後が心配です。

2011年8月19日金曜日

足湯ボランティアで郡山に行って来ました!

少し間が空きましたが、8月12日(金)から17日(水)まで福島県郡山市のビッグパレットに、日本財団ROADプロジェクト 足湯ボランティア 郡山第6クールとして行って来ました。5回目のボランティアになります。

 夏の間は、学生や社会人の夏休みでボランティアも集まりやすいだろうから、私はボランティアを休むつもりでいたのですが、郡山は集まりにくかったみたいだったし、いつかは行きたいと思っていたので、参加しました。

2011年8月7日日曜日

カルガモ

 筋トレをする体育館に向かう途中の石神井川に鴨がいます。鳥のこと、詳しくないから良く分からないけど、多分、カルガモ。

 今まで気が付かなかったのですが、今年2回、ヒナをみたので、写真を撮ろうとカメラを持っていったら、羽が散乱していました。羽の色からすると、鳩でしょうか?こういうのも、ここでは初めて見たと思う。

 それにしても、ヒナはどこに行ったのでしょう?


2011年8月2日火曜日

腱のことも忘れてはいません

8月2日(火) 腱断裂から明日で1年と3ヶ月

 このブログ、最近は腱関連では変化もほとんどなくて、腱のこと、あまり書いてないけど、腱を切った右手と切ってない左手と、やっぱり違うので、毎日意識しています。忘れてはいません。ということで、たまには、どんな状況か、お知らせします。

 ボランティアに何回か行ったくらいで、日常生活には不自由していないのですが、先週、右手の前腕の小指の屈筋腱につながっていそうなところが少しだけ痛い時がありました。今は大丈夫なんだけど、ストレッチとかのやりすぎかな?

 握力を測ったのは5月が最後http://gore21.blogspot.com/2011/05/blog-post.htmlで今の数字は分からないけど、洗濯ばさみを握った感じでは、右手の小指は左手より弱くて、そのとなりの薬指もまだちょっと右手が弱い気がする。でも、人差し指、中指は、利き手の右手が強いと思う。


 野球の松坂大輔が肘の靭帯の手術をして、1ヶ月で可動域が戻ったというのはすごいです。もちろん、指と肘の違いは大きいのだろうけど、痛そうなリハビリのニュースを見るとやっぱり親近感を感じる。早く現役復帰して欲しいです。

2011年7月13日水曜日

都民ボランティア 16期 その5

7月8日(金)

 気仙沼の大きな避難所で、支援物資の仕分け作業でした。これは、都民ボランティアが継続して行っている作業です。

 今日は、中古の男物で、冬物というか、厚手の上着類をサイズ別に分けて、段ボール箱に詰め直すというものでした。

 中古と言うことで、かなり痛んだものが含まれていて、被災者サイドからは言いにくいでしょうが、如何なものかと思うようなものも数多いです。この冬、これを喜んで受け取る人たちがいるのかなぁ?冬までには、そんな人たちがいないような状況まで改善して欲しいなぁ!今の日本の政治家には無理か!


7月9日(土)

 今日は、なんと炊き出しでした。事前のアナウンスでは、各班とも陸前高田が3回になるように調整するということだったので、私たちはこの日陸前高田になれば3回だったので陸前高田になると思い込んでいて、虚をつかれました(炊き出しは陸前高田ではないので)。

 場所は、6月1日と同じ一関市内の避難所。避難されている人数が40名くらいだったのが、少し減ったみたいでした。窓口の女性は変わらず元気でした!

 今夜は近くでお祭りがあるということで、しかも暑かったので、カレーライスとサラダというリクエストをいただき、それにワカメスープ、大学イモ、大根の梅和えを加えました。

 都民ボランティアの炊き出しで欲求不満になるのは、料理を作って、避難所の代表の方にお渡しして終わりで、実際に食べていただく前に私たちは帰ってしまうので、フィードバックとか交流がないのです。美味しかったのか、喜んで食べていただいているのか???

7月10日(日)

 最終日、東京に移動です。

 出発前の10時頃地震があり、沿岸部に津波注意報が発令。気仙沼市大島に宿泊して活動していた仲間がいたので心配だったのですが、フェリーで気仙沼に渡って一関に向けて出発した後だったので問題なし。

 全員、無事に東京に着きました。

都庁での解散式


 梅雨だし、7月だし、私がリーダーだし、と不安要素の多い都民ボランティア16期でしたが、みんなの協力があって、無事に終わって良かったです。ほっとしました。

 都民ボランティアは、とりあえず17期で一旦休止ということで、都民ボランティアのホームページに募集のかけらもありません。16期の途中での説明では、都民ボランティアを始めた4月上旬とは被災地の状況も大きく変わり、個人でも様々な団体でも被災地でボランティア活動を行うようになり、都民ボランティアを一旦休止するものの、被災地からのニーズは依然として高いので、再開するか、再開するとしたらどういう内容かを検討したい、というようなことでした。
 ボランティアのする仕事はまだまだいーっぱいあると思うので、見直すべき点は見直して、パワーアップして再開して欲しいと思います。

都民ボランティア 16期 その4

7月7日(木)

 今日は、陸前高田市の個人宅で、当初は、側溝の泥上げということだったのですが、北海道のある企業が新入社員の研修と言うことで7名で来ていて、彼らが側溝を担当し、私たちは道路上に堆積した土砂の除去でした。

 この企業の人たち、新入社員研修ということで「どうやったら効率的か、考えながらやれ」という指示が出ていて、その上、若いので、非常にパワフルで仕事がとても速いのです。

 私たちの分も手伝っていただき、今日の作業も順調に完了しました。

 私たちは、そこで引き上げたのですが、後で聞くと、彼らは近隣の田んぼの瓦礫除去を行ったということです。すごいです。


 また、依頼主のご家族3名、避難生活がもうすぐ4ヶ月でとても疲れているという印象でした。