2012年3月14日水曜日

失敗は、許されないか?

こういう議論は、結論が出ていると思っていたが、最近会った今度4月に公職に就職するという学生が、失敗・ミスが許されない仕事、と繰り返し、言っていた。先輩から、言われたのかな?今でも、こう思っている人のいることが残念だし、心配だ。

このブログに、あまりこういうことは書かないできたが、3月11日の前後に、震災と原発事故関連の報道を見ていて、書かずにはいられなくなってしまった。



失敗が許されないなら、失敗したら本来解雇または辞職だろうけれど、そうはできない。そこで、失敗はゼロということにしようとする。ところが、人間に失敗・ミスはつき物で、ほとんどの場合、ゼロに出来ない。


ゼロにしようと思ったとき、どうするか。


失敗するかもしれない、難しいことをしない。

失敗の定義を厳しくして、外部からは失敗とみなされることを失敗と認めない。

失敗を隠す。

ゼロに近づける、つまり発生確率を下げる対策なら具体的に実施できる場合でも、発生確率を下げるような対策は対策と認められず、ゼロにするという条件が厳しすぎて、コストもかかる具体的な対策ではなく、精神論だけになってしまう等、対策が何も実施されず現状が放置される。

原発の安全神話のように、「あってはならない」ことがいつの間にか「起こらないこと」になってしまい、なにも対策をしない。

そもそも起こらない、ということで、起こったときの被害を小さくする対策もしない。

失敗がないので、失敗から学ぼうともしない。


ちょっと考えても、ろくなことにならない。

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